- 『喜劇 愛妻物語』の企画の始まりを教えていただけますか?
- 最初は8年か9年くらい前に、さぬき映画祭のプロットコンペに応募しようと思って書いたものです。
- ご自身をベースにした作品を書こうと思われたきっかけは?
- きっかけはなんだったんだろう。私小説みたいなものが大好きだったというのはありますけど、自分でそういったものを書く気はまったくなかったんです。『14の夜』に関しては、ああいう体験談を仲間とかに話していたらわりとウケていたので。ずいぶん前からドラマなり映画なりにならないかと思ったりはしてましたけど。でも、夫婦のことを書こうとはまったく考えたこともなかった。応募したのはプロットなので、あくまでも大枠だけで、夫婦の心情なんかはぐりぐりと書き込んではいなかったんですけど、小説にしませんかとお話をいただいた時にどう書いていいかわからなくて、だったら恥も外聞もなく書いちゃえとやってみたら楽しかったんですよね。それを最初に読んでくれた編集者も楽しんでくれたので、これはこれでいいのかなと思えたのは大きかったですね。
- 飲みの席でも、結婚生活のお話はよくされていたそうですね。
- そうですね。それもそのまま書くといいんじゃないかとは言われてました(笑)。
もともとは、香川県を舞台にしたものであれば何でもいいというコンペだったんです。ただ香川県には行ったことがなかったので、なにかネタがないかということで家族で行ったんですね。それでも何も見つけられなかったんですけど、奥さんとしては当然「このクソど貧乏のさなか、せっかくお金かけて行ったんだから絶対に応募しろ」ということになっていて、家族3人で行ったけど何も見つからない、夫婦喧嘩しながらウロウロとネタ探しをしているという内容のものを無理やり書いて応募したというところはあります。
- 主人公はご自身でもあるわけで、ろくでもない思考を赤裸々に晒してエンタメにしてくださっていると思うんですが、読み物や映画にするためにどこまで脚色されているんでしょうか?
- 基本的には、ウソをつかないようにと心がけてはいます。特に気持ちの部分では。もちろんちょっと誇張してる部分はあります。全部が全部事実のままでもつまんないなと思って書いてはいますけど、ほぼああいう思考回路の人間なんだと思います(笑)。
- 『百円の恋』の後、初監督作として『喜劇 愛妻物語』を自主制作しようと考えたこともあったそうですね。
- はい。もともと演出志望で、『百円の恋』がちょっとは評判になったので、だったら自主制作で監督作も一本撮って、悔いを残すのをやめようと思ったんです。『百円の恋』の直前までさっぱり映画の仕事をやっていなくて事実上辞めていたので。その時にいろいろあったプロットを、奥さんはどれも読んでいるので、『14の夜』か『乳房に蚊』(『喜劇 愛妻物語』に改題する前のタイトル)のどっちかがいいんじゃないかとは言われたんです。実際、他のプロットは自主映画でやれるスケールでないというのもあって。ちなみに自主映画の資金を奥さんが密かにためこんでいて、それは感動すると同時にプレッシャーを感じました。
- 奥さんまで、自分が登場人物になってしまう小説を選ばれたというのも面白い夫婦関係ですよね。
- その時は、奥さんは自分が出る覚悟でいましたよ(笑)。
- ご夫婦で主演という話だったってことですか!?
-
僕の方は「俺が出てもしょうがないだろ」と思ってたんですけど、奥さんは自主映画だったら私が演じるしかないんじゃないのっていう感じではありましたね。何かを覚悟していたというか。その時には僕の方が引いたっていう(笑)。
- 映画監督にという夢はご夫婦共通の夢でもあったんでしょうか?
- そうですね。どっちにもあったと思いますけど、ただもう一時は僕の方が完全に心が折れて専業主夫としてかなり真剣に生きていました。奥さんもその姿は認めてくれましたが、ある日突然、専業主夫以外の結果を出せと恐ろしいことを言ってきて。奥さんの方が「監督しろ!」って想いが強かったんじゃないかと思います。
- ある意味では、自分たち夫婦を演じる役者をキャスティングしないといけなかったわけですよね。
- そこはあんまり自分たちを演じてくれということではなく、わりと客観視していた気がします。濱田さんも水川さんももともと好きで、いつかお仕事してみたかったというのももちろんあります。水川さんなんかは、小説の頃から「水川あさみが演じると面白くなるんじゃないか」と思っていました。
濱田さんは、中村義洋監督の『ポテチ』っていう映画で車の中で泣き笑いするシーンがあって、それがなぜかすごく印象に残っていたんです。この映画の最後もあんな感じになればいいなと思って、オファーする時にもう一回見直したんですけど、そんなに強調されているシーンでもなかった。でも、ここまでずっと僕の心の中に残っていたっていうのが濱田さんに関しては一番大きかったですね。あと、憎めないだけじゃなくて、ちょっと嫌な感じも出すと面白そうな俳優さんだと思いましたね。濱田さんは嫌な感じの役は少ない印象だったので。
水川さんは、ドラマとか映画とかを観てっていうのももちろんあるんですけど。バラエティ番組とかトーク番組でわりとあけすけに喋ってる雰囲気が、前からいいなと思っていました。あとだいぶ古いですけど「33分探偵」っていうドラマに出ていた水川さんがすごく面白かったのが、とても印象に残っていました。
- 脚本を読んだ濱田さんと水川さんからは、どんな反応がありましたか?
- まず僕の家で台本の読み合わせをしたんですけど、濱田さんが帰り際に、「これ面白いですね、リアルで」という風なことをぼそっと言ったのが、最初の感想だったと思います。
あと撮影中に一度だけ「監督すみません、ここまで言われても、まだコイツ、ヘラヘラしてるだけなんですかね?」って言われましたね。罵詈雑言を浴びせられるシーンではなく、うどん少女の家にレンタカーで向かうところで、カーナビにまつわるぼそぼそっとしたやり取りだったんですけど。
水川さんは結構、本読みのときからケタケタと笑ってました。どこが面白くて笑ってたのかはよくわかんないですけど、「役所広司ごっこみたいなのが面白いよね」って言ってもらえたのはちょっと嬉しかったです。
- 水川さんは役作りのために奥様にお会いしたんでしょうか?
- 事前には会ってないです。家で読み合わせした時もうちの奥さんはいなかったので。事前に奥さんに会わせるっていうの、さも「この女を演じてくれ」っていう感じになると思って嫌でした。ただ僕の家で撮影することは決まっていて、そのシーンも撮影の順番がかなり後半の方だったので、前もって家を見てもらって、こういうところに住んでいる夫婦のお話なんですっていうのをなんとなく感じてもらえればいいかなと思って、家まで読み合わせに来てもらいました。
- 濱田さんが監督のお姿を参考にされた部分はあったんでしょうか?
- いやあ、どうですかねえ。濱田さんご本人は「撮影中も監督がニタニタしていたから、自分もニタニタしていた」なんて仰ってましたけど。でも、自分でちゃんと考えて演じてらしたと思ってますけどね。ただ本当に最初の本読みの段階からすごく良くて、むしろダメ過ぎて「この人ちょっと大丈夫かな?」って思うような表情で読んでいらっしゃった。それは監督として嬉しかったです。
- 足立監督から見ても豪太っていう男は思っていた以上にダメだった?
- まあ、濱田さんを通して見て改めて「やっぱりコイツはダメだ」って思いました(笑)。
- この映画ってフィクションとノンフィクションの境界が曖昧ですが、例えば実際に監督も警察にしょっぴかれたりしたんでしょうか?
- 実際には交番には連れて行かれてはないです。ただ警察に声はかけられましたけど。夜中に物欲しそうな目でウロウロしていて、不審者っぽかったんでしょうね。ああいう感じで泥酔している子も昔はよく歌舞伎町やセンター街にいて、もちろん触ったりはしませんがまあ見てましたよね。
- ご自身の夫婦がモデルで、長年温めてきた企画だったわけですが、映画になってみて思いがけない結果が生まれたりはしましたか?
- わりとイメージ通りの作品になったと思うんですけど、最後の方で、川辺で濱田さんと水川さんが泣き笑いみたいになるところは、自分が想像していたよりもずっと良いシーンになったと思います。そこはやっぱり俳優さんのおかげだと思うんですよね。あのシーンだけリハーサルをせず、一回だけしかできないだろうなとも思っていましたし、スタッフもどういうふうになっちゃうんだろうと思っていたと思うんですよね。僕自身、明確にこのシーンをこういう風にしたいというのがなかった。いや、なんとなくはあったんですけど。プロットや小説として書いていた時には、もうちょっとコメディに振れたシーンになると思ってたんですが、少しぐっとくる場面になったと思います。
- 監督はよく「ダメ人間を描く際に甘やかしてはいけない」と発言されていますが、この映画でこだわった部分は?
- この映画に限らないんですけど、ダメ人間を謳ってる映画はたくさんありますよね。でもそんなにダメじゃない。というか作り手がダメ人間に酔って甘やかしてその結果よく分からないキャラクターにしかなっていないものが多い。僕は山田太一さんの作品がすごく好きで、山田太一さんって市井の人たちを描いているんですけど、その人物への視線に、あたたかさと同時にすごく厳しさもある。「今のままのお前じゃダメなんだ、ありのままでは良くないんだ」ということがしっかり伝わってくるものが好きなんです。とにかく登場人物に関しては「お前はこのままじゃ絶対にダメだ!」っていうのは描きたいし、シナリオの段階から厳しくしていかないとダメだと思うんですよね。
- 夫婦喧嘩やふたりのダメさに関しては、演じる人や演出が違えば大きく印象が違う作品になりそうですね。
- そうですよね。そもそもこんな話は他の人は監督したがらないだろうし、監督するなら自分でやるしかないと思っていました。それこそいろんな人に台本を読んでもらって「ただの夫婦喧嘩を二時間観ていたいですか?」と言われたこともありました。人によってはただの夫婦喧嘩がつらつらと続くだけに読めてしまったりするだろうから、自分がやらないと面白い映画にならないんじゃないかくらいに思ってましたね。嫌な後味の映画にはならないという確信は持っていたので。
- 最初に小説として発表された際のタイトルは『乳房と蚊』でしたが、改名されたのは新藤兼人監督の『愛妻物語』にちなんでですよね。
- そうですね。
- タイトル以外に『愛妻物語』はどこまで意識されていましたか?
- 正直言って、タイトルしか意識はしてないです(笑)。シナリオライターと奥さんのお話というのは一緒ですけど、描こうとしているものは違う気がしますし。
- 劇中で何度もかかる曲のメロディーは、『阿修羅のごとく』で有名になったトルコの軍楽隊の行進曲がベースですよね?
- はい。ただ『阿修羅のごとく』がどういう作品だったのかはあんまり覚えてんです(笑)。あの曲は『居酒屋ゆうれい』でも使われていたんですが、何か活力が湧いてくるというか、この映画もそういう映画にしたいと思っていました。観終わった後に、力が湧く。元気になるっていうより、血湧き肉躍るというのが近いんですけど、生命力が漲るような気分になれればいいなと思っていたので、そのことを音楽の海田庄吾さんにお話して作ってもらったんです。
- スタッフは初監督作『14の夜』とほぼ同じチームということですが、作品のトーンやルックは違っています。方向性はどういう風に伝えられましたか?
- こんな感じを狙ってるみたいなことで、いくつかDVDを観てもらったりしましたね。今回観てもらったのは、相米慎二監督の『風花』と、『フレンチアルプスで起きたこと』でした。
- 『フレンチアルプスで起きたこと』も、夫の底抜けの情けなさがスゴいですよね。
- あの映画を観て「あ、海外にもこういう映画があるんだ!」って思いました。ただ、あの映画の情けなさって、ちょっと決定的過ぎますよね(笑)。
- 『14の夜』は青春映画ということで動きがあるシーンが多いと思うんですが、今回はもっと淡々としていて、そこはかとなく面白さが持続する。微妙なさじ加減はどうやって作り出したんでしょう?
- 第一稿を書いてからクランクインまでに3年くらいかかっていて、俳優さんのワークショップで何回かこの脚本を使ってみたんです。それでいろいろと改良したりはしました。あと一番大きかったのは、奥さんと一緒に本読みをして、自分たちで動きながらシーンを作っていけたこと。夫婦の話なのが強みというか、つまんなくなりそうとかセリフが流れないとか思ったら、自分たち夫婦でやってみてシナリオをいじったりすることができたのは大きかったですね。なんとなく自分の中では事前のシミュレーションがすごくできていたので、大丈夫かなと思えたというのはあります。
- 完成した映画をご覧になった奥様からは、どんな感想がありましたか?
- 『14の夜』の時もそうでしたけど、台本の段階からずっと意見を聞いてますし、編集ラッシュも見せていて、どこを切ればいいだとかここは絵が足りないだとかぐちゃぐちゃうるさいことを言ってくる。でも最初にラッシュを通して観て「面白かったよ」って言っていたので、よかったなとは思いました。
- 豪太とチカというキャラクターを主人公にした小説をほかにも書かれていますよね。映画もシリーズ化するお気持ちはあるんでしょうか?
- チャンスがあればやってみたいですね。これだったらいくらでも書けるんで(笑)。ただ、去年の東京国際映画祭に出品した頃に出した小説「それでも俺は、妻としたい」は、たぶん映像にするのは難しいだろうなと思います。一番の理由は、豪太とチカが主人公ではありますけど、性にかなりテーマを置いたんです。映画にしろドラマにしろ、映像作品の性描写ってあんまり面白くないという思いがずっとあって、ただ、人間が演技でやるものである以上それはしょうがない。でも文字ではその面白さを表現できるだろうと思って一生懸命書いたものなので、映像化するのは厳しいなと思ってはいます。ただ、豪太とチカの物語に関してだけ言うと、夫婦漫才に挑戦したりするので(笑)、それはそれで別の面白さがあるとは思います。
- 豪太とチカは、いろんな役者さんが演じ継いで行くイメージですか? それとも『ビフォア・サンライズ』シリーズみたいに濱田さんと水川さんにずっと演じ続けていって欲しいですか?
- やっぱり、濱田さんと水川さんが演じ続けてくれたら一番うれしいですね。。
- 豪太とチカの物語が、10年後、20年後まで続いていくことを楽しみにしてます。
- ありがとうございます。